幕末から明治初期にかけては激動の時代。政治の仕組みや法律、食べ物まで大きく変化しました。それだけに、とっつきにくい時代でもあります。
私は脚本を書くことがありますが、歴史が大の苦手。でも、この時代を舞台にした作品を書きたくなり、雰囲気を知るため40~50冊の本を読みました。
その中から、幕末・明治初期を理解するうえで役立った本をご紹介したいと思います。初心者にもおすすめの10冊です。
※難易度を★★★☆☆で示しました。★が少ないほど読みやすい。
- 1.村医者から、天才戦術家へ・・・『花神』(かしん)
- 2.長州藩の思想家と革命家・・・『世に棲む日々』
- 3.人懐っこい半次郎の出世ストーリー・・・『人斬り半次郎』
- 4.非業の死を遂げた、幕末の志士たち・・・『幕末動乱の男たち』
- 5.明治以降も生きた、新選組の隊士・・・『幕末剣客伝』
- 6.180度変わる法律! 美徳から殺人罪へ・・・『敵討』(かたきうち)
- 7.広い大地で繰り広げられる、逃走劇・・・・『五稜郭残党伝』
- 8.歴史の転換点が鮮明に浮かび上がる・・・『走狗』(そうく)
- 9.虚飾入り混じった痛快小説・・・『明治太平記』
- 10.異人さんたちの街・横浜・・・『港町ヨコハマ 異人館の秘密』
- 番外編.政権の中枢と外から、明治初期の混乱を描く・・・『翔ぶが如く』(とぶがごとく)
- まとめ
1.村医者から、天才戦術家へ・・・『花神』(かしん)
- タイトル:『花神』
- 著者:司馬遼太郎
- 出版社(レーベル):新潮文庫
『燃えよ剣』『坂の上の雲』の司馬遼太郎の歴史小説。近代日本の軍制をあみ出した村田蔵六(のちの大村益次郎)が主人公です。
周防国(旧・山口県)の百姓の子として生まれた村田蔵六は、【適塾】(てきじゅく)でオランダ語を学びます。その後、伊予・宇和島藩に招かれ、軍艦や砲台を作るようになります。
兵法に詳しくなった村田は、長州藩のトップ・桂小五郎に見いだされます。やがて、長州藩の討幕軍の司令官となり、上野戦争を指揮することになりますが・・・
村田の性格は、ブサイクで人嫌い。めったに口をきかない男でした。物語の合間には、そんな村田とシーボルトの娘・イネとの淡い恋も描かれます。
空気を読めない理系人間が、建前を重んじる組織の中でどう生きるか? そういった視点からも楽しめる小説です。
上・中・下巻の全3冊。
難易度:★★☆☆☆
2.長州藩の思想家と革命家・・・『世に棲む日々』
- タイトル:『世に棲む日々』
- 著者:司馬遼太郎
- 出版社(レーベル):文春文庫
司馬遼太郎から、もう1冊。『世に棲む日々』は、討幕へつき進んだ吉田松陰、高杉晋作の物語です。全4巻。
ペリーが率いる黒船が現れてから、国内には勤王(天皇を重んじるべき)か? 佐幕(幕府に味方すべき)か? で意見が割れていました。
勤王派の吉田松陰は、密航を犯して藩の罪人となりながらも、【松下村塾】の弟子たちに自身の教えを広めてゆきます。松陰は29歳のとき、安政の大獄で処刑されてしまいます。
彼の意志を受け継いだのが、高杉晋作でした。やがて長州藩は“維新の主役”となり、革命へとつき進んでゆきます。
「面白い生き方をしたい!」
というのが、晋作のモットー。晋作の型破りな行動力に、わくわくさせられます。イッキ読みしてしまうほど、面白い!
難易度:★★★☆☆
3.人懐っこい半次郎の出世ストーリー・・・『人斬り半次郎』
- タイトル『人斬り半次郎』
- 著者:池波正太郎
- 出版社(レーベル):新潮文庫
『剣客商売』の池波正太郎の歴史小説。『幕末編』『賊将編』の二部構成となっています。幕末の四大・人斬りのひとり、中村半次郎(のちの桐野 利秋)が主人公です。
“薩摩の芋ザムライ”と馬鹿にされていた、半次郎。そんな半次郎が西郷隆盛に剣の才能を認められ、出世してゆく青春物語です。
半次郎は、素直で一生懸命。見下されても気にせず、知らないことは素直に人に学びます。また、人懐っこくて信じた人には一途についてゆきます。女性に対しても、甘え上手でした。そんな半次郎が、どうして新選組から恐れられる“人斬り”へと変わったのか?
好人物を修羅の道に引きずりこむような、幕末の恐ろしさが浮かび上がってきます。
難易度:★★☆☆☆
4.非業の死を遂げた、幕末の志士たち・・・『幕末動乱の男たち』
- タイトル:『幕末動乱の男』
- 著者:海音寺潮五郎
- 出版社(レーベル):新潮文庫
徹底して文献を調査し、歴史の真実を明かそうとした作家・海音寺 潮五郎(かいおんじ ちょうごろう)。そんな海音寺の短編集がコレ。上下2巻。
有馬新七、武市半平太、山岡鉄舟、大久保利通など、幕末に活躍した人物12人にスポットをあてた評伝です。いっときは歴史を動かした彼らですが、ほとんどが不幸な最期を遂げています。
小説的な面白みには欠けますが、資料に基づく描写とバラエティに富んだ人選が楽しい(⇦ マイナーな人物が多い)。作者の好き嫌いがはっきり出ているのも、読んでて面白い。
難易度:★★★★☆
5.明治以降も生きた、新選組の隊士・・・『幕末剣客伝』
- タイトル:『幕末剣客伝』
- 著者:津本陽
- 出版社(レーベル):双葉文庫
剣豪ブームの火付け役となった、津本 陽の歴史小説。
新選組で隠密活動に従事し、戊辰戦争の直前になって隊士に名を連ねた中島 登(なかじま のぼり)が主人公。
明治5年。東海道、浜松宿にひとりの士族がいました。元・新選組の隊士、中島 登です。ごろつき達のいさかいを解決した中島は、元・彰義隊の隊士、大島 清慎と出会います。代書業(=手紙の代筆を行なう仕事)をしている大島のすすめで、中島は浜松宿に落ちつこうとしますが・・・
迫力満点の剣の立ち合い。新時代に戸惑う士族の生き様。激動の維新時代をふり返る回想シーンもあり、見どころの多い一作です。
難易度:★★☆☆☆
6.180度変わる法律! 美徳から殺人罪へ・・・『敵討』(かたきうち)
- タイトル:『敵討』
- 著者:吉村昭
- 出版社(レーベル):新潮文庫
記録文学に新境地をひらいた吉村 昭(よしむら あきら)の歴史小説。『敵討』『最後の敵討』の二編。
時代劇で、「ここで会ったが、100年目。親のかたきぃ~!」と言いながら復讐する武士がよく描かれますね。江戸時代、仇討ち(あだうち)は許されていました。武士階級が人の命を奪っても、番所(ばんしょ)に届けて認められれば、罪に問われなかったのです。
ところが、明治初期になって急に法律が変わります。明治6(1873)年に、“仇討ち禁止令”が出され、私刑が認められなくなったのです。
むごたらしく命を奪われた父と叔父の復讐をしようとした『敵討』の主人公は、法律の急激な転換に戸惑って・・・
「報いは、その血族まで償うべき」
古い価値観のなかでゆれ動く主人公の心が、痛いほど伝わってきます。
難易度:★★★☆☆
7.広い大地で繰り広げられる、逃走劇・・・・『五稜郭残党伝』
- タイトル:『五稜郭残党伝』
- 著者:佐々木譲
- 出版社(レーベル):集英社文庫
北海道・夕張市生まれで、警察小説を得意とする佐々木 譲(ささき ゆずる)の時代小説。
戊辰戦争も、五稜郭の戦いで終わろうとしていた頃。追い詰められた旧幕府軍の蘇武(そぶ)と名木野(なぎの)は「絶対に降伏はしない!」と誓って、脱出します。
広いアイヌの土地を、逃げのびてゆく2人。そんな2人に迫る、新政府の残党狩りの足音。時代に行き遅れた男たちの生きざまは、『ダンス・ウィズ・ウルブス』や『許されざる者』など、名作・西部劇映画のような味わいです。
難易度:★★★☆☆
8.歴史の転換点が鮮明に浮かび上がる・・・『走狗』(そうく)
- タイトル:『走狗』
- 著者:伊藤 潤
- 出版社(レーベル):中公文庫
43歳にしてIT業界から転身し、ビジネス書や研究書も執筆する作家、伊東 潤。そんな伊東による、初代警視総監・川路 利良(かわじ としよし)を主人公とした小説です。
川路 利良は薩摩藩の下級武士からスタートし、明治7年に創設された【警視庁】の初代総監へと上りつめます。真面目がとりえだった川路はフランスに留学し、秘密警察の仕組みを学び、考え方を変えます。
「国を守るためには、ときには他人を陥れることも必要だ!」
“日本警察の父”となった男の変貌ぶりがスゴイ!
また、川路の目から見た西郷隆盛と大久保利通は、新たな人物像を提示しています。戊辰戦争や西南戦争など、維新のターニングポイントを圧倒的読みやすさで描き切っています。
難易度:★★☆☆☆
9.虚飾入り混じった痛快小説・・・『明治太平記』
- タイトル:『明治太平記』
- 著者:海音寺 潮五郎
- 出版社(レーベル):角川文庫
『幕末動乱の男』でも紹介した海音寺 潮五郎が、明治初期を描いた異色作。史実を重んじる海音寺が、編集者のすすめで混血の美少女やスリ、年増の女など時代劇のお約束キャラを登場させています。
苦学生の滝山 修平は、ある日、横浜のフランス商館で幼なじみの石川と再会します。石川の話によれば、ある銅山の採掘をめぐって不正が行われたとのこと。やがて司法省の役人になった滝山は、銅山事件の黒幕をあばこうとしますが・・・
西郷吉之助、桐野利秋といった歴史的人物と、お約束の創作キャラが織りなすドラマが、痛快で楽しい! 外国の商館が建ち並んでいた明治初期のヨコハマもわかる、貴重な小説です。
難易度:★★★☆☆
10.異人さんたちの街・横浜・・・『港町ヨコハマ 異人館の秘密』
- タイトル:『港町ヨコハマ 異人館の秘密』
- 著者:山崎洋子
- 出版社(レーベル):Kindleまたは、あすなろ書房
デビュー以来、横浜に関する小説を多数執筆している山崎 洋子の時代小説。
昼間は名門のミッションスクールに通う女生徒。夜は、人力車の車夫として港町ヨコハマをかけ回る少女おりん。彼女のクラスメートは、謎の差出人からの手紙におびえていました。友だちを救うべく、おりんは行動力と好奇心で事件にいどみます。
中学生向けの軽いタッチのミステリー。英仏軍が駐屯し、外国人居留地があった頃のヨコハマがわかる希少な作品。女性作家らしい、やわらかな読み心地。
難易度:★☆☆☆☆
番外編.政権の中枢と外から、明治初期の混乱を描く・・・『翔ぶが如く』(とぶがごとく)
- タイトル:『翔ぶが如く』
- 著者:司馬遼太郎
- 出版社(レーベル):新潮文庫
西郷隆盛が、桐野 利秋らにかつがれ、西南戦争を起こすものの、敗れ去ってゆくまでを描いた長・長編小説。全10巻。
司馬遼太郎というと、爽やかな男たちを描いた読みやすい作品ばかりなのですが・・・
西郷隆盛を主人公とした『翔ぶが如く』だけは、読みづらくて仕方ありません。2つの理由が考えられます。
① 執筆当時、生前の西郷を知る親戚がまだ生きており、司馬遼太郎は取材しています。そのため、大昔の人物を書く時と違って、作家の想像力が入る余地が少なかった。
② 西郷は多くの人に慕われた半面、行き当たりばったりな所もありました。自殺をほのめかしたり、征韓論を唱えたり・・・このため、司馬遼太郎自身が、西郷の人物像を最後までつかみ切れなかったように思えます。
(⇦ 行動に一貫性がない箇所があり、感情移入しにくい)
とにかく難解で、事実の羅列ばかり。お堅い新聞記事を読んでいるかのようです。
それでも、この本を読むと難しい“明治初期”が、立体的に見えてきます。というのも、政権のど真ん中にいた大久保利通と、政権から離れた鹿児島の西郷という、相反する2つの視点から語られるからです。
初心者というより完全に上級者向けですが、明治初期を知るには外せない小説です。
難易度:★★★★★
まとめ
以上、「幕末・明治初期がよくわかる本10選」【小説編】でした。もともと歴史が好きな人とは、変わった10選だったかもしれません。