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『エル・スール』解説&考察「振り子やカモメは何のメタファー?映画のポスターと猟銃が意味するものとは?」

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『エル・スール』解説&考察「振り子やカモメは何のメタファー?映画のポスターと猟銃が意味するものとは?」

フェルメールやベラスケスを思わせる美しい画面構成と、大好きだった父を回想する思春期の少女。

 

『ミツバチのささやき』で世界を魅了したビクトル・エリセ監督の長編第2作『エル・スール』が、BSで放送されます。

この記事では、『エル・スール』が製作された背景を解説し、劇中に登場する印象的なモチーフについて考察してゆきます。

『エル・スール』NHK BS「プレミアムシネマ」での放送(2025)はいつ?

『エル・スール』は1983年のスペイン映画。
スペイン内戦の傷跡が残る1957年~1964年を舞台に、父を失った少女が父との想い出を回想してゆく人間ドラマです。

映画『エル・スール』概要
原題 El sur(南)
ジャンル 人間ドラマ
上映時間 95分

監督・脚本

ビクトル・エリセ(『ミツバチのささやき』)
原作 アデライダガルシア=モラレス「エル・スール」
音楽 エンリケ・グラナドス
出演

オメロ・アントヌッティ、ソンソレス・アラングーレン

レビューの平均評価(★5つ満点)

フィルマークス:★★★★☆ 4.0

Yahoo!映画:★★★★☆ 4.1

Amazon:★★★★☆ 4.5

映画『エル・スール』のテレビ放送は、2025年2月19日(水)。NHK BSの「プレミアムシネマ」にて。
13:00 ~ 14:39

>>【放映カレンダー】TV映画(BS・地上波) - 映画ときどき海外ドラマ

【どんな話?】『エル・スール』あらすじ

1957年、秋。

15歳の少女・エストレリャ(イシアル・ボリャン)は枕の下に父・アグスティン(オメロ・アントヌッティ)の振り子を見つけたとき、父の“死”を予感します。エストレリャは、父と過ごした日々を回想します・・・

 

・・・エストレリャが8歳のとき、一家はスペイン北部にある城壁に囲まれた町へ引っ越してきます。父は、田舎と町の中間地点に立つ家を「かもめの家」と名付けます。

アグスティンは県立病院で働く医者でしたが、並外れた霊力があり、振り子を使って水脈を探し当てることができました(=ダウジング)。エストレリャは村人から尊敬されている父が大好きで、アグスティンもエストレリャを可愛がってくれました。

 

ある雪の日。「南では雪は降らない」と母から教えられたエストレリャは、父の故郷である“南”に強く惹かれるようになります。父は南の出身でしたが、祖父と大喧嘩してきて北に出てきたと聞きます。

 

5月になり、アグスティンの母・ドナと乳母のミラグロスがやってきます。エストレリャはカトリック教徒の通過儀礼・初聖体拝受(はつ せいたいはいじゅ)の日を迎えます。教会を嫌っている父・アグスティンでしたが、入り口までやってきて、エストレリャとダンスを踊ってくれます。

 

しばらく後。エストレリャは父の書斎から、「イレーネ・リオス」という宛名が書かれた封筒を何枚も見つけます。

父には、自分の知らない顔がある・・・

エストレリャは大好きだった父に対し、複雑な思いを寄せるようになり・・・

【解説】スペイン内戦との関連は?『ミツバチのささやき』との違いは?『エル・スール』が製作された時代背景

考察に入る前に、『エル・スール』が製作された時代背景、登場人物の立ち位置、『ミツバチのささやき』とのスタンスの違いを整理します。

 

スペイン内戦のかんたんな時代背景は、「ミツバチのささやき」の記事で解説しています。

www.entafukuzou.com

製作を断念した後半90分、描かれなかった“南”

『ミツバチのささやき』とは大きな異なり、『エル・スール』はフランコ政権による検閲が撤廃されてから製作されています。

◆ 『ミツバチのささやき』&『エス・ルール』と、フランコ政権の検閲 ◆

エルスールとミツバチのささやき、フランコ政権の検閲

スペイン内戦やフランコ独裁に対する取り扱いは、『ミツバチのささやき』の時ほどオブラートに包まなくてよかった、という背景があります。

 

(出典:BFI on X)

 

また、『エル・スール』は3時間の大作となるはずでしたが、予算の都合上、残り90分の上映ができなかったという裏事情があります。

原作小説では、エストレリャが憧れだった“南”にゆき、父のかつての恋人・イレーネ・リオスに会う、というストーリー展開があります。

映画では“南”に向けて旅立つという形をとりますが、“南”は登場しないまま終わってしまいます。

ファシスト側と人民戦線政府側で分断されたスペイン社会

登場人物の政治的スタンスについても整理します。

エストレリャの初聖体拝受(はつ せいたいはいじゅ)のため、“カモメの家”にやってきた乳母のミラグロスは、エストレリャに父と祖父の関係を教えてくれます。

 

エストレリャ「おじい様が悪い側?」
ミラグロス「悪い側も 良い側も・・・」

 

ミラグロス「内戦の前の共和制の頃は おじい様が悪い側で パパが良い側だった フランコが勝ってから 大旦那様は聖人に パパは悪魔になった」

 

勝つか負けるかで、価値観が反転してしまう怖ろしさを説いています。

 

エルスール、スペイン内戦の左派と右派

ミラグロスがアグスティンに対して「あの人は背教者」と言っているので、アグスティンはキリスト教の信仰を捨てたと想像できます。

教会から足が遠のいているのも、そのためです。

 

ここから先は、ネタバレを含む内容になっています。映画本編を観終わってから、お読みください。

【考察】振り子やカモメは何のメタファー?映画のポスターと猟銃が意味するものとは?

個人的には、隠喩に満ちた『ミツバチのささやき』ほど、多面的な解釈ができるような作品には感じませんでした。それでも、作品内に登場する印象的なモチーフに対して、考察してみます。

ダウジング用の振り子(ペンデュラム)は、“変化”の暗示?

父・アグスティンは、ダウジングで水脈を言い当てる霊力の持ち主。ダウジングに使われる振り子「ペンデュラム」は、左右に揺れるか、反時計まわりに揺れます。

 

振り子が左右に激しく揺れる様子は、スペイン国民が左派(共産主義)を支持したり、右派(ファシズム)を支持したり・・・振れ幅の大きさを表現しているかのようです。

また、父と娘の関係性が変わる、“変化の予兆”を暗示しているようにも感じます。

風見鶏のカモメは、いつも「南」を向いている?

エストレリャたちが住むことになる、“カモメの家”。屋根についた風見鶏のカモメが印象的です。

(出典:Centro Arte Alameda on X)

カモメはアホウドリと並んで、「渡り鳥」を代表する鳥。故郷である“南”に帰れない、アグスティンの望郷の念を表しているのでしょう。

また、エストレリャは母から話を聞いて以来、“南”に憧れを抱きます。風見鶏のカモメがいつも「S」(=south、南)を向いているのは、エストレリャの「南に対する憧れ」がずっと変わらないことを示しています。

映画のポスターが暗示するものとは?

『エル・スール』では、映画のポスターがはっきりと2回、カメラに映ります。

最初のポスターは、女優イレーネ・リオスが出演する『日陰の花』。この作品は、実在しない架空の映画のようです。

アグスティンがカリオコ(=エストレリャの男友達)が描いた落書をき見たあと、夜のシーンになります。ここで、2つ目のポスターが登場します。

映画のタイトルは、『La sombra de una duda』。アルフレッド・ヒッチコックが1943年に撮ったサスペンス映画で、日本語タイトルは疑惑の影です。

◆ 『疑惑の影』あらすじ ◆

チャーリーという若い女性の元に、叔父がやってくる。最初は喜ぶチャーリーだが、叔父に未亡人殺しの容疑がかかっていると知る。チャーリーは叔父に対し、自分がすべてを知っているように匂わせるが・・・

チャーリーと叔父の関係性は、エストレリャとアグスティンの関係性によく似ています。

父が猟銃で命を絶った理由とは?

エストレリャと2人でランチをとった後、父・アグスティンは猟銃でみずから命を絶ちます。

猟銃で自殺

で思い出されるのは、アメリカのノーベル賞作家・ヘミングウェイの最期です。スペイン内戦時代に計4回スペインを訪れ、そのときの体験をもとに8つの小説を書いたヘミングウェイ。

晩年になると、ヘミングウェイは神経症を患い、父が使っていた猟銃で自殺します。死因は諸説ありますが、ヘミングウェイはFBIから共産主義 信奉者として疑いをかけられていたと言われています。

【参照】アーネスト・ヘミングウェイ,伝記の空白 ―― FBI調査報告と地下室のキャビネット

ずっと誰かから監視されているように感じており、ついには娘からも疑いの目を向けられる・・・アグスティンが追いつめられていたことを暗示しているように思えるのです。

 

 

映画『エル・スール』は“途中”で終わっているので、エストレリャが父の死をどう受け止め、彼女の中でどう消化してゆくのかは描かれません。想像するしかありません。

 

原作小説『エル・スール』では、映画では描かれなかった後半部分、エストレリャが“南”に行ってからの成長も描かれます。

小説ではスペイン内戦に対し、『ミツバチのささやき』とまた違った受け止め方をしているのが特徴的です。

父の複雑な過去を、娘に背負わせ過ぎない。エストレリャ(小説ではアドリアナ)は思春期特有の生きづらさを克服してゆきますが、父の孤独をわかろうとしてもそれが無理なことを肯定的に描いています。

おわりに

このブログでは「金曜ロードショー」で放送されるようなエンタメ作品を取り扱うことが多いです。でも、本音を言えば、『ミツバチのささやき』や『エル・スール』みたいな芸術作品をもっと紹介したいのです。

ただ、ミニシアター系の作品を紹介してもまったく読まれないし、「わからない=つまらない」と結論づける人が増えているので難しいのよ

わかりやすく作っていない映画は、名作じゃない

こんな意見を見ると、とても悲しい。

「わからない=即つまらない」ではなく、“わからないなりに何かを感じ取ろう”異国の文化や歴史について自分で調べてみよう、という人が増えてほしいと願っています。

 

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