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『ミツバチのささやき』解説&考察「フランケンシュタインが意味するものとは?スペイン内戦との関連は?」

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『ミツバチのささやき』解説&考察「フランケンシュタインが意味するものとは?スペイン内戦との関連は?」

「なぜ怪物はあの子を殺したの?」

「なぜ怪物も殺されたの?」

 

子役アナ・トレントの儚い魅力。一枚絵のような美しいショット。そして、隠喩に満ちた、幻想的な表現の数々。ミニシアターブームのさきがけとなり、宮崎駿や細田守といったアニメーターにも多大な影響を与えた映画『ミツバチのささやき』が、BSで放送されます。

 

この記事では、『ミツバチのささやき』の歴史的背景を解説し、劇中に登場するフランケンシュタインが意味するものを考察してゆきます。

『ミツバチのささやき』NHK BS「プレミアムシネマ」での放送(2025)はいつ?

『ミツバチのささやき』は1973年のスペイン映画。
スペイン内戦終結後の1940年代を舞台に、現実と空想が入り混じった少女の世界を描き出した戦争ドラマ&ファンタジーです。

映画『ミツバチのささやき』概要
原題 El espíritu de la colmena(巣箱の精霊)
ジャンル 戦争ドラマ、ファンタジー
上映時間 99分(1時間39分)
監督 ビクトル・エリセ(『エル・スール』)
脚本 ビクトル・エリセ、アンヘル・フェルナンデス・サントス
音楽 ルイス・デ・パブロ
出演

アナ・トレント、イサベル・テリェリア

レビューの平均評価(★5つ満点)

フィルマークス:★★★★☆ 4.0

Yahoo!映画:★★★★☆ 4.1

Amazon:★★★★☆ 4.4

映画『ミツバチのささやき』のテレビ放送は、2025年2月12日(水)。NHK BSの「プレミアムシネマ」にて。
13:00 ~ 14:39

>>【放映カレンダー】TV映画(BS・地上波) - 映画ときどき海外ドラマ

【どんな話?】『ミツバチのささやき』あらすじ

1940年頃。カスティーリャのある村。公民館で、映画『フランケンシュタイン』(1931)の上映会が始まります。集まった村人たちの中に、イザベルとアナ(アナ・トレント)という幼い姉妹もいました。

 

フランケインシュタイン博士が創り出した「怪物」は、湖のほとりで少女・メアリと出会います。お花を摘んで「怪物」に渡すメアリでしたが、「怪物」はメアリを川に放り込んでしまいます。

 

メアリが溺れ死に、怒った村人たちに「怪物」が焼き殺されるストーリー展開に、アナはショックを受けます。

「なぜ怪物はあの子を殺したの?」

「なぜ怪物も殺されたの?」

 

イザベラは、怪物は死んでいない、精霊だから見えないのだ、目を閉じて「私はアナです」と彼を呼べば会える、と教えます。

 

アナの父は養蜂の仕事をしており、家でもミツバチの生態を観察しています。アナの母はかつての恋人に手紙を書いており、二人はほとんど会話を交わしません。

 

イザベラとアナは仲のよい姉妹ですが、イザベラはアナを怖がらせたり驚かせたりするのを面白がっています。

やがて、アナの住む村に脱走兵らしき男がやってきて、小屋の中に逃げこんできますが・・・

ストーリーらしきものはほとんど語られず、意味深なイメージをつなげてゆく、難解な映画です

【解説】スペイン内戦との関連は?『ミツバチのささやき』が製作された時代背景と、フランコ独裁政権

16世紀に西インド諸島、南北アメリカに進出し、植民地を増やしてきたスペイン。しかし、徐々に栄光にかげりが見え、19世紀には次々と植民地が独立してゆきます。

 

国力を失ったスペインでは、王さま(アルフォンソ13世)が追い出され、1936年に人民戦線政府が誕生します。人民戦線政府は

みんなが平等で、土地も富もみんなで分ける

という、共産主義的な考えかたを持っていました。

 

それまで勉強は教会が教えていましたが、教会は自分たちに不都合なことは教えませんでした。アサーニャ大統領は学校を作り、そこで教育をします。軍隊の予算を削り、大地主たちの財産も没収しようとします。

 

すると、教会や資本家が支持するフランコ将軍が反乱を起こし、内戦となります。ドイツやイタリアは反乱軍を支持。ソ連は人民戦線政府を援助したほか、欧米の知識人たち(※)は国際義勇軍を結成し、人民戦線政府を支援しました。

(※ ジョージ・オーウェルや、アーネスト・ヘミングウェイなど)

◆ 「スペイン内戦」 反乱軍  VS人民戦線政府 ◆

スペイン内戦 勢力図

2年に渡った内戦は、1939年4月にフランコ将軍の反乱軍が勝利します。フランコは独裁政権をしき、共和派(=人民戦線政府に味方した人たち)を粛清します。およそ27万人が収監され、多くの人が処刑されました。

【フランコ政権の検閲】体制批判が禁じられた時代に製作された

1936年に内戦が勃発すると、映画をはじめとする出版物に対して検閲が行われます。

 

◆ 『ミツバチのささやき』とフランコ政権下の検閲 ◆

ミツバチのささやき、スペイン内戦

検閲が始まった頃は、キスシーンや女性の水着姿はもちろん、政治思想に関わるカットや軍や教会に批判的なセリフも許されませんでした。

 

検閲が廃止されたのは、1976年

『ミツバチのささやき』がスペインで公開されたのは1973年です。独裁政権の厳しさは初期よりゆるくなったとはいえ、まだ公に体制批判はできない状況でした。

【参照】フランコスペイン時代の検閲|はえとり

 

 

『ミツバチのささやき』は、

内戦によって分断されたスペイン社会

を、数々のメタファー(=隠喩)によって描いている、と言われています。

 

表現が規制されていた時代に、どのような手法で「スペイン内戦」を描いたのか?

次の項目では、『ミツバチのささやき』の隠喩に満ちた表現を考察してゆきます。

【考察】フランケンシュタインが意味するものとは?スペイン内戦を想起させる隠喩とは?

フランケンシュタインは、批判を受け付けなくなった為政者への皮肉?

イザベルとアナが見た巡回映画の『フランケンシュタイン』は、1931年に公開された実在の映画です。

 

おおまかにストーリーを要約すると、

“生命の探求”に没頭するフランケンシュタイン博士は、死体をつなぎ合わせ、ついに「生命の創造」に成功する。しかし、誕生したのはおぞましい「怪物」だった。

仲間が研究をストップするように忠告するが博士は聞き入れず、博士の友人が襲われる。「怪物」は少女マリアと交流を図るが、ちからの加減がわからず、マリアを川に放り投げてしまう。

怒った村人たちは「怪物」のいる風車小屋に放火し、焼き討ちにするのだった・・・

この『フランケンシュタイン』の教訓は、批判者に耳を傾けなくなってしまう人間の傲慢さ。

フランケンシュタイン、伝えたいこと

自分は絶対に「正しい」と過信し、いっさい批判を受け入れない人間の愚かさを描いています。

 

つまり、『フランケンシュタイン』(1931)を引用している時点で、反対派を問答無用で粛清してきたフランコ政権を批判している、と見ることもできます。

【メタファー考察】養蜂(ようほう)、懐中時計、働きバチ、手紙が象徴するものとは?

アナの父親は、養蜂、つまりミツバチの飼育を仕事としており、一日中ミツバチを観察しています。

実は、中世ヨーロッパでは、教会でミツバチの飼育が行われていました。蜂の巣から取れる蜜蝋(みつろう)が、教会の照明に使われていたからです。

【参照】ヨーロッパの養蜂と民俗文化-岡部由紀子のウェブサイト

 

中盤、働きバチを観察するアナの父親は、以下のようにつぶやきます。

巣の中での蜂たちの活動は

絶え間なく神秘的だ

 

報われることのない苛酷な努力

熱気で圧倒しそうな往来

 

女王蜂は「教会」のメタファーであり、「権威」の象徴。
働きバチは「独裁政権に自由を奪われた人たち」を暗示している、と読み解けます。

 

また、アナの父・フェルナンドは懐中時計を持っています。
西洋では、「時計職人=創造神」を意味することがあります。懐中時計はあまりに精巧に作られているので、時計職人はまるで万物を創造した神のようだ、と考えられていました。

【参照】Watchmaker analogy - 英語ウィキペディア

共産主義は「神を否定する」ので、やはり懐中時計も「教会」「権威」を暗示しています。

 

 

アナの母親・テレサは、内戦で別れた恋人に手紙を書いています。

みな一緒に幸福だったあの時代は戻りません

神様が再開させてくださることを祈ってます。

内戦で別れてから、毎日祈ってます

 

この失った村に、フェルナンドと娘たちと生きながらえながら

失われたものと一緒に、
人生を本当に感じる力も消えたように思います

 

テレサの手紙は、ストレートに内戦のことを綴っています。

「みなが一緒に幸福だったあの時代」
とは、思想が違っても、親子・兄弟・恋人・友だち・となり近所の人たちがいっしょに暮らしていた時代のことを指しているのでしょう。

(出典:Comunidade Cultura e Arte onX)

では、手紙が意味するものとは?

 

アナの母・テレサが書いているのは、ただの恋文なのか?

ヒントとなるのが、ノーベル賞作家アーネスト・ヘミングウェイが、1938年に書いた短編『密告』です。ヘミングウェイは1936年から1938年のスペイン内戦時代、国際義勇軍の一員として人民戦線政府を支援しました。『密告』は、スペイン滞在時に書かれた小説のひとつです。

共和国側の酒場にきた私(ヘミングウェイ)は、かつての友で今はファシスト側(フランコ側)につく男が談笑しているのを見かける。戦時には、敵側の酒場にふらっと立ち寄るなど許されない。誰かが「密告」すれば、男はスパイとして捕まり、銃殺される・・・

ファシスト派(フランコ側)にしろ共和国側(人民戦線)にしろ、お互いがお互いを密告し合う社会だったことを記しています。

短編『密告』は、『蝶々と戦車・何を見ても何かを思いだす:ヘミングウェイ 全短編〈3〉』に収録されています。

 

『ミツバチのささやき』で、かつての恋人に手紙を書いているアナの母・テレサ。

深読みすれば、「手紙を書く」という行為は、「密告」を暗示しているのではないでしょうか?

テレサのかつての恋人は共和派側の支持者で、テレサはフランコ派の情報を手紙でリークしている、と。

 

 

アナの父・フェルナンドとアナの母・テレサは、終盤までほとんど会話らしい会話をしていません。会話するのは帽子を渡すシーンぐらいです。

また、フェルナンドは灯りがあたるシーンが多いのに、テレサは家の中では照明があたりません。フェルナンドと対比させるように、ずっと暗がりにいます。

 

演出から類推できるのは、二人は思想が違う。

  • アナの父・フェルナンドはフランコ派(教会、大地主)
  • アナの母親・テレサ(もしくは恋人)は人民戦線政府側(共和派、労働者、農民)

であった。内戦時にはお互いの「密告」を怖れて、疑心暗鬼になっていた。

 

だから、内戦が終わってからも、離れた心が戻らない
と解釈すれば、不自然なまでにフェルナンドとテレサが「冷え切った夫婦」として描かれているのも説明がつきます。

 

 

ここから先は、ネタバレを含みます

『ミツバチのささやき』本編を観てから、お読みください。

【隠喩に満ちたストーリー考察】内戦で傷ついたスペイン社会の再生

アナの父・フェルナンドは体制側(フランコ側)で、反対派を監視する人間だった。

アナの母・テレサ(もしくはテレサの昔の恋人)は共和派(人民戦線側)の人間で、内戦のあいだ、手紙を通じて“何らかの情報”を流していた。
(= お互いに「密告」のやりあいで疑心暗鬼になっていた内戦時代)

 

イザベルとアナが見た映画『フランケンシュタイン』に登場するメアリは、なにもの(どちらの思想)にも染まっていない無垢な少女。だから、「怪物」を拒まず、花を渡す。

しかし、加減がわからない「怪物」は遊んでいるつもりが、メアリを川に落としてしまう。怒った村人たち(=フランコ政権)は、「怪物」を建物ごと燃やしてしまう。

(=私腹をこやしていた教会や資本家から見れば、「財産をみんなでわけよう」という共産主義は、「怪物」なみの脅威だった)

 

 

(出典:MUBI  on X)

終盤。

共和派の脱走兵が、走る列車から転がるように逃げてくる。

メアリと同じく無垢なアナは、脱走兵にリンゴ(=花)をあげる。脱走兵は、コートに入っていたアナの父親の懐中時計(=教会、権威)をマジックで消す(=神の否定)。

 

脱走兵は軍事政権の警官たちに射殺される。

警察に呼び出された父は、自分のコートを着ていた脱走兵を見て、驚く。

翌朝。アナの父は、食卓に警察から返してもらった懐中時計を置く。驚くアナの表情を見て、父は脱走兵に懐中時計を渡したのが、アナだと気づく。

 

アナは父が脱走兵を殺したと思いこみ、走って逃げ出す。

暗がりの中、家族が行方不明になったアナを探すシーンは、『となりのトトロ』でさつきたちがメイちゃんを探すシーンにそっくり!

夜の森をさまよっていたアナが湖のほとりに座ると、「怪物」が現われ、手を伸ばす。アナは気を失う。

 

翌朝、アナは発見されるが、ショックを受けていて口も聞けない。

 

ここで、医者とアナの母親・テレサのこんなやりとりが。

医者「アナはまだ子供なんだ。ひどい衝撃を受けてはいるが、時が経てば治る」
テレサ「本当に?」

 

医者「少しずつ忘れていくよ。大切なのは、あの子は生きてるって事だ。
アナは生きてる」

このやり取りだけ意図的にクローズアップされており、この会話に“何らかのメッセージ”をこめている、と想像できます。

この会話、「アナ」の箇所を「内戦で傷ついたスペイン社会」と置き換えても、そのまま意味が通じます。

 

 

ラスト間際。

アナの母・テレサが手紙を燃やしているのは、過去を断ち切るため。
もしくは、手紙を通じて秘密警察の情報を共和派に流していたのだとすれば、「密告」をやめる決意をしたとも考えられます。

 

テレサが眠ったフェルナンドに毛布をかけてあげるシーンは、フランコ派と共和派が歩み寄る「雪解け」を象徴しているようにも感じます。

 

そして、ラスト。

真夜中。目覚めたアナは、コップの水を飲む(水を飲む行為は“再生”のメタファー)。
イザベラの言葉を思い出したアナは、目に見えない精霊に呼びかけます。
「私はアナです。私はアナ」

 

つねに“死のイメージ”につきまとわれていたアナが、決意に満ちた表情で呼びかけます。

「私はアナです。私はアナ」

 

負の歴史を克服し、スペインの再生を想起させるちから強いまなざしです。

 

あくまで筆者の解釈です。
映画の解釈に「正解」はないので、みなさんも考察してみてください。

実際には「詩」を映像化したような作品で、すべての表現を深読みしなくてもいい、わからなくても“何かを感じ取ればいい”作品ともいえます

 

2025年2月現在、『ミツバチのささやき』はインターネットでは動画配信されていません。もう一度見たいけれど、レンタルショップがお近くにない場合は、ツタヤの宅配レンタルサービス「【TSUTAYA DISCAS】 (ツタヤディスカス)」がおすすめ。『ミツバチのささやき』のように、VODで見られない映画も借りることができます

 

また、同じビクトル・エリセ監督の『エル・スール』も、スペイン内戦を題材にしています。2025年2月19日(水)にNHK-BSで放送されます。

>> 【放映カレンダー】TV映画(BS・地上波) - 映画ときどき海外ドラマ

 

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