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地上波テレビ放送!『清須会議』あらすじ&歴史の解説

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 三谷幸喜監督、映画『清須会議』が地上波テレビ放送されます。史実に基づいた作品で、本能寺の変のあと、織田信長の後継者をめぐる会議のようすが描かれます。

 

この記事では、『清須会議』の簡単なあらすじとキャストをご紹介します。

 

歴史的背景を知らないとわかりづらい作品ですので、日本史の解説を交えながらお伝えしてゆきます。

 

 

 

地上波テレビ放送は、ノーカット?

 

 放送日時は、2019年9月21日(土)。フジテレビ系列『土曜プレミアム』にて。

 

20:00 ~ 23:10

 

通常、『土曜プレミアム』は21:00から始まることが多いのですが、『清須会議』は20:00スタートです。

 

つまり、夜8時からですので、要注意です。

 

『清須会議』の劇場上映時間は、138分。

 

これに対し、今回の『土曜プレミアム』の放送時間は190分。番組公式ホームページでは、本編ノーカットを告知しています。

 

 

 

 

 

『清須会議』の簡単なあらすじ【ネタバレ】なし

 

 

 『清須会議』前の、歴史的背景

 

 

天正10年(1582年)、家臣・明智光秀に裏切られた織田信長は、寺に火を放ち、自害します。世にいう『本能寺の変』です。信長の嫡男(ちゃくなん)で織田家の当主だった織田 信忠も、二条城で切腹しています。

 

いっこくも早く跡継ぎを決めなければ、他国につけいるスキを与えてしまいます。そこで、①織田家の跡取りと、②遺領(=信長の死後、残された領地)の配分をめぐって、家臣が集まって会議が行われます。

 

この会議が、尾張国(おわりのくに)清州城で開かれたので、『清須会議』と呼ばれるようになりました。

 

 

跡取りの候補となるのは、信長の次男・織田 信雄(おだ のぶお)と、三男・織田 信孝(おだ のぶたか)の2人。

 

この他、信忠の最初の子・三法師(さんぼうし=のちの織田 秀信)がいました。三法師は、信長の孫にあたります。といっても、まだ幼い子供でした。

 

 

4人の有力家臣たちによる、後見人争い

 

 『清須会議』の出席者は、4人。信長の有力な家臣たちです。1人目は、柴田 勝家(しばた かついえ)。勇猛果敢な豪傑として、知られています。勝家は、信長の筆頭家老(ひっとうかろう)という立場。

 

家臣の1番手であり、発言力の強い人物です。また、プライベートでは、信長の妹であるお市の方(おいちのかた)に恋しています。

 

 

2人目は、羽柴 秀吉(はしば ひでよし)。のちの豊臣秀吉です。貧しい農民の出ながら、明るい性格と場の空気を読む力にすぐれ、またたくまに出世しました。秀吉の強みは、信長を裏切った明智光秀を討伐した、という実績があること。

 

 

3人目は、丹羽 長秀(にわ ながひで)。若いころから信長に仕えており、安土城の築城にもたずさわりました。温厚で人情味のある人物でした。勝家と秀吉が争うことになる清須会議では、キーパーソンとなります。

 

4人目は、池田 恒興(いけだ つねおき)。恒興の母は信長の乳母であり、信長と行動を共にすることの多かった人物です。計算高く、有利なほうに味方しようとします。

 

 

4人のうち、会議を牛耳っていたのが、勝家と秀吉の2人。

 

勝家が推したのが、信長の三男・信孝。まじめだけど融通がきかない堅物です。

 

これに対して秀吉が推したのが、信長の次男・信雄。長男の信忠なき今、本来なら跡継ぎの1番手にくる人物ですが、周りからは大うつけ者(=頭がからっぽ!)という評判でした。父に無断で戦をおこし、敗北したこともあります。

 

 

『清須会議』は、次男と三男の跡目争いであり、次男を推薦する秀吉と三男を推薦する勝家との後見人争いでもあります。

 

 

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どんな人物だった? 『清須会議』キャスト紹介

 

 

『清須会議』に出席する、4人の家臣たち

 

 

 羽柴 秀吉(はしば ひでよし)・・・大泉 洋(おおいずみ よう)

 

『清須会議』の秀吉

 

のちの、豊臣秀吉。織田家の重臣の一人。筑前守(ちくぜんのかみ)、藤吉郎(とうきちろう)と呼ばれることもあります。

 

明るく家族思いですが、その一方で野心家で策略にたけた人物。

 

信長の妹であるお市の方(おいちのかた)に恋い焦がれますが、お市の方からは嫌われています。

 

 

野心家で暴君? 秀吉のもう一つの顔

 

一般的に、ドラマなどで描かれる秀吉は、陽気で楽しい人物です。しかし、史実をひもとくとそれだけではありません。

 

貧しい農民の出だということに激しいコンプレックスを持ち、高い上昇志向を持っていました。

 

また、人懐っこい性格を生かし、相手のふところに入っては味方につけてゆきます。ネマワシのうまいところは、政治家向きといえるでしょう。

 

ただ、晩年は暴君ぶりを発揮します。①信長の夢だった朝鮮出兵にこだわり、その失敗が豊臣家の没落をまねきます。また、②よき話相手だった千利休や、秀吉の姉の長男である秀次(ひでつぐ)に切腹を命じています。

 

秀吉は、「天下をとってから、おかしくなった」と言われる理由です。

 

 

 

 

柴田 勝家(しばた かついえ)・・・役所 広司(やくしょ こうじ)

 

 

織田家の筆頭家老。戦場では修羅のごとき強さで、敵を震え上がらせます。その一方で、知略をめぐらせたり交渉ごとは苦手。

 

織田家存続を優先すべく、次男の信雄ではなく三男の信孝を推します。

 

また、信長の妹であるお市の方に恋をしています。秀吉とは、後見人をめぐってもプライベートでも、争うことになります。

 

丹羽 長秀(にわ ながひで)・・・小日向 文世(こひなた ふみよ)

 

織田家の五人の重臣の一人。五郎左(ごろうさ)とも呼ばれる。信長とは友のように、兄弟のように育ちました。

 

長秀をさして、米五郎左(こめ ごろうさ)と表現することがあります。これは、米のように地味ではあるけれど、なくてはならない存在であるという意味です。

 

 

池田 恒興(いけだ つねおき)・・・佐藤 浩市(さとう こういち)

 

母は、信長の乳母だった養徳院(ようとくいん)。本能寺の変ののち、秀吉の軍と合流し、光秀討伐に貢献しました。

 

この功績を買われ、織田家の重臣に引き上げられます。武将としてはパッとしませんが、出世には抜け目のない人物。勝家側につくか、秀吉側につくか、なかなか態度を決めません。

 

 

 

 

 

織田信長の後継者候補

 

 

織田家のあとつぎの候補となるのは、信長の次男・信雄と三男・信孝の2人です。

 

長男の信忠はすでになくなっています。信忠には、三法師という子供がおりますが、清須会議の時点では、数え年でわずか3歳です。

 

織田 信雄(おだ のぶお)・・・妻夫木 聡(つまぶき さとし)

 

信長の次男。後先考えずに行動する困ったちゃんで、周りからは大うつけ(=平たく言えば、バカ)という評判です。家臣からの人望もありません。

 

本人は、頭が良いのを隠しているつもりだというのも、タチが悪い。

 

 

織田信孝(おだ のぶたか)・・・坂東 巳之助(ばんどう みのすけ)

 

実は、次男の信雄より20日ほど早く生まれています。ただ、母親が側室だったため、信長の三男となりました。

 

歴史の資料をみると、文武両道で、礼儀正しい人物と評されています。

 

 

三法師(さんぼうし)・・・津島 美羽(つしま みう)=子役

 

のちの、織田 秀信(おだ ひでのぶ)。信長の長男・信忠の嫡男(=最初の子)。織田信長の孫にあたります。

 

母・松姫は武田信玄の娘ですので、武田の血も引いていることになります。

 

 

 

 

その他

 

お市の方(おいちのかた)・・・鈴木 京香(すずき きょうか)

 

信長の妹で、絶世の美女と評判の女性です。近江(おうみ)の武将・浅井 長政(あさい ながまさ)のもとに嫁ぎます。長政は、もともとは信長と同盟を結んでいました。

 

ところが、信長は「不戦の誓い」を破る形で、越前・朝倉義景の領土を攻めます。長政は、信長との同盟を破棄。敵対することになります。

 

信長は「小谷城の戦い」で長政を攻めます、抵抗した長政でしたが、お市の方と3人の娘を織田軍に引き渡したのち、自害します。

 

 

お市の方は、“出戻り”という形で織田家に戻ってきました。映画の中では、「息子の万寿丸(まんじゅまる)を殺した秀吉を、憎んでいる」と説明されています。

 

ただ、万寿丸は長政の側室の子供だという説もあって、定かなことはわかりません。

 

 

滝川 一益(たきがわ かずます)・・・阿南 健治(あなん けんじ)

 

織田家の五人の宿老(=武家の重臣)の一人。本来なら、『清須会議』に参加すべき地位の重臣です。

 

ただ、会議の直前におこった「神流川の戦い(かんながわのたたかい)」で北条氏に敗れ、敗走中の身でした。

 

一益が惨敗を恥じて参加しなかったという説と、周りの家臣から参加を断られたという説があります。

 

 

前田 利家(まえだ としいえ)・・・浅野 忠信(あさの ただのぶ)

 

勝家の与力(よりき=有力武将に加勢した下級武士)。その一方で、秀吉とは足軽時代から夫婦ともに親しい間柄です。

 

槍の名手で、「槍の又左(やりのまたざ)」とも呼ばれていました。

 

 

黒田 官兵衛(くろだ かんべえ)・・・寺島 進(てらじま すすむ)

 

秀吉の部下で、天才軍師。本能寺の変の直後、毛利輝元との和睦(わぼく)を成功させます。

 

 

前田 玄以(まえだ げんい)・・・でんでん

 

織田家の文官。信長の長男・信忠つきの家臣となったあと、1583年からは信長の次男・信雄に仕えています。その後、三法師の守役となります。

 

清須では、会議の準備や議事録の作成にあたります。

 

 

寧(ねい)・・・中谷 美紀(なかたに みき)

 

寧々(ねね)、高台院(こうだいいいん)、北政所(きたのまんどころ)と呼ばれることも。

 

秀吉の妻。面倒見がよく、みなから愛されます。ただ、秀吉との間に子供は恵まれませんでした。

 

 

松姫(まつひめ)・・・剛力 彩芽(ごうりき あやめ)

 

 信長の長男・信忠の妻で、三法師の母。武田信玄の五女でもあります。信忠の死後、22歳の若さで出家して、信松尼(しんしょうに)と名乗ります。

 

 ただ、三法師の母は、摂津の武将・塩川 長満(しおかわ ながみつ)の娘・徳寿院だという説もあります。