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Amazon『ザ・ボーイズ』シーズン1あらすじ&感想!ヒーローは汚いヤツばかり?

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Amazon『ザ・ボーイズ』シーズン1あらすじ&感想!ヒーローは汚いヤツばかり?

※この記事は、2020年9月に更新されました。

Amazonのオリジナルドラマ、『ザ・ボーイズ』。腐敗したスーパーヒーローたちの不正をただそうと、彼らに幸せを踏みにじられた一般人たちが闘いを挑むという・・・いまや、世界を席巻しているマーベル映画や『X-MEN』シリーズを強烈に皮肉ったドラマです。

 

この記事では、『ザ・ボーイズ』の簡単なあらすじをご紹介し、作品が描こうとしたテーマについて考察してゆきたいと思います。

 

 

『ザ・ボーイズ』シーズン1の簡単なあらすじ

 

神セブンならぬ、ヒーロー『セブン』?

 

 

舞台は、特殊能力を持ったスーパーヒーローたちが活躍する世界。そんなスーパーヒーローたちを雇用する巨大企業がありました。それが、民間会社の【ヴォ―ト社】です。

 

 【ヴォ―ト社】のもとで、スーパーヒーローたちが行なうのは、凶悪犯と戦ったり、災害時に人命を救助したりすることだけではありません。キャラクターグッズの販売や、スポンサードしてくれる議員や企業のイメージアップにも協力するのです。

 

なかでも、万能戦士「ホームランダー」をリーダーとする7人のヒーローチーム『セブン』は、庶民たちから絶大な人気を誇っていました。

 

 

スーパーヒーローたちの裏の顔 

 

 さて。そんな世界の片すみ。雑貨店ではたらくヒューイは、普通の青年でした。その日も恋人のロビンと、他愛ないおしゃべりをしていました。ところが!

 

ヒューイの目の前で、彼女は一瞬で吹き飛んでしまいます。『セブン』のメンバーで、超高速で走る能力をもつ「Aトレイン」が、不注意でロビンとぶつかってしまったのです(⇦ まるで、よそ見運転の自動車が衝突したように)。

 

彼女を殺されたヒューイはAトレインを裁判で訴えようとしますが、【ヴォ―ト社】は弁護士を派遣し、事故で片付けようとします。

 

納得のいかないヒューイの前に、元・CIAだというブッチャーという男が現われます。ブッチャーは、ヒューイをセレブ御用達のナイトクラブに連れてゆきます。そこでヒューイが見たのは、性のサービスを受けるスーパーヒーローたちの姿でした・・・

 

 

ある日のこと。『セブン』に復讐を誓うヒューイは、公園でアニーと知り合います。アニーは『セブン』の新メンバーとなった女の子で、変身時はスーパーヒロイン「スターライト」になります。

 

すっかりアニーと打ち解けたヒューイは、ヒーロー集団『セブン』のこと・彼らをマネジメントするヴォート社のことを聞き出そうとして・・・

(⇦ ヒューイはアニーが『セブン』の一員であることを知っているが、アニーはヒューイが何者かを知らない)

 

 

Amazonビデオ『ザ・ボーイズ』シーズン1(字幕版)

 

 

ヒーローは汚いヤツばかり?ドラマ『ザボーイズ』シーズン1感想

 

「持つもの」と「持たざるもの」の不公平感

 

  このドラマ、マーベル映画や『HEROES』のような王道ヒーローものを期待する人には、向きません。また、ヒーローが高速で走ったり、透明人間になるようなシーンはありますが、SFXは正直しょぼいです。でも、アクションが売りではないのです。

 

描かれるのは、社会の不平等に対するはげしい怒りです。その意味で、アクション・ドラマではなく、完全に社会派ドラマです。

 

 

原作のアメコミが描かれたのは、2006年。原作者は、ガース・エニス。いまから10年以上も前に描かれた作品です。

 

しかし、驚くべきことに、いまの日本のテレビ界や芸能界を風刺しているような内容なのです。大手の事務所に所属するタレントが不祥事を起こしても、テレビ局は報道しない。タレントは事件などなかったかのように、今日も笑顔をふりまいている。

 

ところが、小さな事務所に所属するタレントが不倫でも起こせば、一日中ワイドショーのネタにされる。この、圧倒的な不平等さ。不公平感。

 

『ザ・ボーイズ』でも、ヒーローたちは取り返しのつかない失敗をしますが、会社が尻ぬぐいしてくれます。

 

 

シーズン1後半で失速?「スーパーヒーロー」 VS 「一般人」の対立構造がブレてゆく!

 

『ザ・ボーイズ』シーズン1は、序盤こそ「超人的な能力をもつヒーロー」 VS 「彼らに踏みにじられる普通の人」という対立構造で話はすすみます。力をもつ者がもたざる者を食い物にしている・・・そんな社会状況を痛烈に皮肉っています。

 

視聴者としても、「よくぞ言ってくれた!」という爽快感を得られていたのですが・・・

 

シーズン1の6話以降になると、クズだったスーパーヒーローたちの心の弱さやトラウマが描かれます。つまり、敵役に同情してしまうような作りになっているのです。“なんの能力ももたない一般人が、腐敗したヒーローたちに挑む”という物語の骨格が揺らいでしまうのです。

 

敵役の弱みを見せるのは、もう少しシーズンが進んでからのほうが良くない?