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米騒動の原因はシベリア出兵?中高生にむけて簡単にわかりやく解説

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※この記事は、約7分で読めます。

学校の歴史の授業では、1918年(大正7年)に起きた米騒動は【シベリア出兵】が原因だと習うことが多いでしょう。しかし教科書では、これ以上の詳しい説明は載っていないことがほとんど。

 

この記事ではシベリア出兵にいたるまでの歴史を紹介しながら、米騒動がどうして起こったのか、解説したいと思います。また、騒動のきっかけとなった場所には、新しい学説も発表されています。合わせて、お伝えします。

 

 

 

 

米騒動の原因とは? ⇨ シベリア出兵に伴い、商人が米を大量に買い占めたから

これまで、歴史のテストで米騒動の原因をたずねられたら、上のように答えるのが正解とされてきました。

 

でも、どうして商人はお米を買い占めたの?

そもそもシベリア出兵って何のため?

 

ただ答えを暗記するだけでは、すぐに忘れてしまいます。どうして、このような流れになったのか? 米騒動が起こる前まで歴史をさかのぼってみましょう。

 

第一次大戦の参加によって、日本は好景気に

1914年に、ヨーロッパで第一世界次大戦がはじまります。日本は、友好国であるイギリスやロシアなどに軍需品(ぐんじゅひん)などを積極的に輸出します。その結果、日本の景気は急によくなります。

 

工場で軍需品を作ったほうがお金になります。ですので、農村で働いていた若者は農業をやめて、都会に出てゆきます。そのため、農村にはお年寄りばかり残ることに・・・お米の生産量が、落ちてしまうのです⤵

 

反対に、都会で働いていた工場労働者はお金持ちになります。大根めしばかり食べていた貧しい人たちが、お米を食べられるようになったのです⤴

 

供給 <    需要

 

の状態ですね。

お米をほしい人が増えているのに対して、お米の生産量が少ない状態となります。お米を高く売っても、欲しがる人が増えたのです。このため、お米の値段は段々と高くなってゆきます。

 

シベリア出兵の背景とは?  世界情勢についてもわかりやすく

さて、この頃、世界情勢はどうだったのでしょうか? 1914年に始まった第一次大戦の勢力は、簡単には下記の通り。

イギリス・フランス・ロシアなどの連合国 ✖ ドイツ・オーストリア・オスマン帝国などの同盟国

 

日本やアメリカも連合国側につき、連合国の勝利となります。ところが、1917年にロシア革命が起こります。ロシアの新政権は、単独で同盟国側と講和条約を結びます。ロシアは、今まで戦っていた相手側と手を結んだのです。

 

裏切られたイギリス・フランスは、面白くありません。ロシアの新政権の勢いを弱めるために、ロシア極東のウラジオストクに出兵することを決めます。この地には、チェコ人の部隊がいました。ロシア革命のあと、彼らは新生ロシア軍の捕虜となっていたのです。

 

イギリスやフランスは、ロシアに捕らわれたチェコ人を助けるという口実で、シベリアに出兵することを決めました。

 

とはいえ、イギリス・フランスは主力部隊を西部戦線につぎこんでいたため、余力がありません。そこで日本とアメリカに軍の派遣を依頼、【シベリア出兵】の主力となるよう求めたのです。

「頼むよ。忙しいから、アンタ達、行ってくれよ。仲間だろ?」

こんな感じで、日本はお願いされたのです。

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米騒動のぼっ発

定説:始まりは富山県 魚津市の主婦?

1918年、ときの寺内内閣はシベリア出兵を宣言します。これを受けて、地主や米商人はお米を買い占めるようになります。すると、何が起こったか?

 

① シベリアに送られる兵士の食糧が必要となります。政府はお米を買い占めます。

② 戦争参加によって景気がよくなれば、もっと高い値段でお米を売れるようになります。そう考えた地主や米商人はお米をもっているのに、民衆に売ることを渋るようになります。

③ 新聞は政府の政策を非難、民衆の不安をあおるような記事を書きます。これによって、社会不安が増大します。

 

「米をもっているくせに売らないなんて、ふざけるな!」

怒った民衆は騒動を起こします。

 

では、騒動のきっかけとなった民衆の反乱は、どこで始まったのでしょうか?

一般的には、富山県 魚津町(うおづまち)の漁港の主婦が立ち上がったのが始まりだと言われています。

 

新説:始まりは東水橋町の港ではたらく女性たち?

 ただし、2004年に出版された『米騒動の研究』という本で、新しい説が唱えられました。同じ富山県の東水橋町(ひがしみずはしまち)で、港湾で働いていた女性たちが米の出荷をやめるように抗議した、というもの。こちらのほうが先なのでは? という説です。最近では、この説を採用している教科書もあります。

 

具体的には、米を船に積ませないように阻止した(= 米騒動)

 

米騒動は京都や名古屋にも広まり、やがて全国に広がってゆきます。

 

寺内 正毅(てらうち まさたけ )内閣は軍隊を出動させて、米騒動を鎮圧します。騒動の後、寺内 首相は責任をとって総辞職、かわって原 敬(はら たかし)内閣が成立します。

 

 

 

1918年(大正7年)米騒動を、時系列でみる

大戦景気により、お米の値段が上昇する。

        ⇩

シベリア出兵を受けて、地主や米商人がお米を売り惜しむようになる。

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富山県の漁村や港ではたらく女性たちが、抗議行動を始める。

        ⇩

運動は京都や名古屋を始めとして、全国に広がる。

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寺内 内閣は軍隊を出動させて、騒動をしずめる。

        ⇩

寺内 首相は混乱の責任をとって総辞職、平民出身の原 敬 内閣が誕生する。

 

記述問題で、米騒動の原因を聞かれたら?

以上のことを踏まえて、テストで【米騒動の原因は?】という設問があったら、以下のように答えるのがよいでしょう。

 

“シベリア出兵が引きがねとなって、米の販売価格が急上昇した。その結果、米騒動が起きた“