※この記事は、2018年当時に書かれたものです。
映画『万引き家族』でカンヌ映画祭最高賞・パルムドールを受賞した是枝裕和 監督。伝統あるカンヌでの受賞。日本人みんなにとって誇らしい快挙のはずだったのですが・・・いつの間にか潮目が変わります。
反日映画、犯罪を助長する映画として激しく非難され始めたのです。
このページでは、是枝監督が批判されるに至った経緯を振り返りながら、日本社会の深い闇を探ってみたいと思います。
パルムドール受賞後の政府の対応
安倍首相はわれ関せず?
パルムドールの受賞が決まった後、いつもなら日本人が活躍をするとすぐに祝福をする安倍首相は沈黙したままでした。
歴史あるフランスの新聞・フィガロ紙は「なぜ安倍首相は祝福のコメントをしないのか?」と指摘します。すると、その後になって林文科相が祝意を伝えるため是枝監督を文科省に招きたい、と打診します。
ところが是枝監督は「公権力とは潔く距離を保ちたい」とホームページ上で発言、面会を辞退します。
ここで注意したいのは、是枝監督が面会を断ったのは林文科相だけではない、ということ。他の団体や自治体の祝辞も断っているのです。
(⇦ 団体が政権寄りか、そうでないかに関係なく)
にも関わらず、
「『万引き家族』が文化庁の助成金を受けて作られているのに、政府の祝辞を拒否するとは何事だ!」
という批判が巻き起こります。
政府の助成金の問題点
実は、安倍政権は2018年度を目安に『明治維新』を題材とした映画やテレビへの支援を検討していました。
ところが、これには大きな問題がありました。
「助成金は出すが中身にも口を出す」
という内容だったからです。
政府がお金を出してプロパガンダ映画(=政治宣伝を目的とした映画)を作ることに他ならず、映画関係者たちの間で大きな議論を呼びました。
助成金で作られた映画
- 『のぼうの城』
- 『八日目の蝉』
- 『君の名は』
- 『この世界の片隅に』
などがあります。
公開当時、物議をかもした『靖国 YASUKUNI 』も助成金で作られています。
助成金の目的は、「我が国の映画振興に資するため」(文化庁)であって、ときの政権よりの思想を植え付けるためではありません。
この助成金のシステムは、ヨーロッパにもあります。イギリスには『アームズ・レングスの原則』という考え方があり、行政が文化に介入することをよしとしません。いうなれば、「お金は出すけど、口は出さない」という方針なのです。
たとえば、2016年のイギリス映画『わたしは、ダニエルブレイク』。この作品は、失業給付金を受けようとする高齢者とシングルマザーの交流を通して、手続きの複雑な社会保障制度を批判しています。
しかし、この映画は【英国映画協会】の支援を受けて製作されています。【英国映画協会】とは、イギリス政府の助成金で運営されている機関です。
フランスでも、【フランス国立映画センター】から援助を受けて作られる映画があります。しかし、完成した作品が痛烈に政権批判をしていても、問題になることはありません。
「世界」や「社会」に対し批判精神を持って描くのが映画の本質だ、という考え方があるからです。
ハリウッド製作の映画やドラマも、政権やアメリカ社会を批判している!
ハリウッド映画だってそうです。政権批判を通して、社会にはびこる「差別」や「偏見」を浮き彫りにしています。
たとえば『ズートピア』のように、表向きは子供向けのエンターテインメントでも、アメリカ社会を痛烈に批判している作品が数多くあります。
法律ドラマ『グッドファイト』やヒーロードラマ『ザ・ボーイズ』などは、あからさまにトランプ政権を批判しています。
これは、アメリカ社会に対して批判精神をもって、映画やドラマを製作しているからに他なりません。
「万引き」をタイトルに入れるなんて許せない・・・想像力が欠如しているとしか思えない批判
2018年の公開当時、Twitter上では『万引き家族』に対するこんな批判が巻き起こりました。
- 万引きをする家族を主人公にするなんて、犯罪を助長しているではないか?
- 子供たちの食べ方が汚い
- 「万引き」をタイトルに入れるなんて許せない
まず、お伝えしたいのは「万引き」はテーマではない、ということ。貧しい家族を主人公にしたのも、「万引き」という軽犯罪を扱ったのも意図があるのです。
『万引き家族』製作の意図とは?
“消えた高齢者”事件
2010年に、足立区で111歳とされていた男性が、白骨化した状態で発見されていました。男性は30年も前に死亡していたことがわかります。
家族は死亡届を出さずに年金をもらい続けていたとして、詐欺で逮捕されます。すると、全国で似たような事例があることが判明します。
この事件は年金詐欺として大きな話題となり、家族はバッシングを受けました。
是枝監督はこの事件をきっかけに、年金と万引きで生計を立てる家族の物語を着想しました。それが、『万引き家族』です。
「貧困=自己責任?」短絡的に決めつけてしまう風潮
あの事件で貧困家族はなぜ、行政に助けを求めなかったのでしょう。それは、貧困を認めることは失敗者の烙印を押されることに他ならないからです。
「生活が苦しいのは怠けたからだ」と切り捨て、貧困をあたかも個人の責任であるかのように決めつけてしまう空気があふれていたのです。
是枝監督は、なぜ世間は、凶悪な殺人事件よりもこのような軽犯罪に怒るのか、と疑問に持ったといいます。
「万引き」はあくまで“装置”です。
- 実の両親の虐待・育児放棄の表面化
- 地域の人たちの交流が希薄になり、他人を助けることが難しくなっている
- 生活保護など、社会福祉を利用することへの申し訳なさ
「共同体の崩壊」や、「他人の失敗に対する冷たさ」といった、日本社会が抱える問題点を浮き彫りにするための“設定”に過ぎないのです。
つまり、映画『万引き家族』が製作された目的は
「どうして、「万引き」のような軽犯罪に手を染めてしまう貧困家庭が誕生したのか?」
を社会に問いかけることにあったのです。
まとめ
映画の感想は人それぞれです。
政権寄りの人たちが是枝監督を「恥さらし」「反日」と批判しても、ただちに問題だとは思いません。
しかし、こうは考えられないでしょうか?
会社の倒産や交通事故、うつ病、両親の介護、引きこもり・・・
誰だって、映画に登場した家族のように、“極貧生活”に転落してしまう可能性があります。支持政党がどこかなんて、関係ありません。
もし、本当に国を愛するのであれば、
- 弱者や貧困層を生み出さない社会にするには、どうしたらよいか。
- 貧困家庭が遠慮なく援助を求められるよう枠組みを作れないか。
もっと建設的な提案をするべきではないでしょうか?