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落ちこぼれから名監督へ!スピルバーグの人生に役立つ名言集

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※この記事は約4分で読めます。

おんとし70歳を越えてもなお精力的に映画を作り続ける、スティーヴン・スピルバーグ監督。

 

『E.T.』や『ジュラシック・パーク』などの娯楽大作はもちろん、『プライベート・ライアン』や『シンドラーのリスト』などの戦争映画・人間ドラマも手掛けています。

 

本ページでは、スピルバーグ監督がデビューするまでを簡単に振り返り、過去のインタビューなどで飛び出した名言を集めてみました。

 

 

 

 

スピルバーグの人生に役立つ名言集

 

監督としての心構え


観客は僕らが思うよりもずっと想像力に満ちあふれているんだ。
それを利用しない手はないじゃないか。

 

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『ジュラシックパーク』では恐竜が接近していることを、ゆれるコップの水の波紋で表現していました。

 

恐竜が本当に実在したら、どういう現象が起こるのか? 想像力を働かせなければ、あの演出は生まれません。

 

 

夢を見るということ

 

僕は夜だけ夢を見るのではない。

一日中夢を見ている。

生きる糧として夢を見るんだ。

 

 

 

 

ポジティブ・シンキング

 

 

大きなことを夢見よう!

途中で諦めてはいけない。

否定的な考えで失望してはならない。

今日だけでなく明日を信じよう。

成功へ導くような習慣を育てるんだ。

 

 

 

 

子供の気持ちがわかる?

 

 

僕は子供のことを理解しているわけじゃない。

僕が夢のある映画を作れるのは、僕自身がずっと子供だからさ。

 

 

スピルバーグが大ヒット作を連発した理由は、これかも。彼の作品の多くは、メインターゲットが少年少女。

 

演出力にすぐれた一流監督が、本気になって子ども向けに作っているのだから、これは強み。

 

 

 

アイディアの源

 

僕は自分の子供時代を作品に生かしている。

それも、年がら年中。

アイディアや物語のヒントをもらうため、子供時代に戻るんだ。

僕の人生を振り返ると、いちばん充実していたのは子供時代なんだ。

 

 

 

スピルバーグは、子供の頃に両親の離婚を経験しています。『E.T.』では妹がいて母親がシングルマザーという設定ですが、これはスピルバーグの幼少時代と同じです。 

 

 

 

偉大なヒーローとは?

 

現代において、もっとも偉大な職業は教師さ。

と同時に、もっとも過小評価されているヒーローも教師なんだ。

 

 

 

そういえば、『宇宙戦争』の主人公はふつうのお父さんでした。特別な能力を持つ人ばかりがヒーローなのではない、というメッセージがこめられています。

 

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モチベーションを保つ秘訣

 

僕は本当に自分ができる精一杯のことをやっただろうか?

まだだと思う。

だから僕はハングリー精神を持ち続けていられるのだと思う。

 

 

 

 

名言はどうして生まれた? スピルバーグが『激突!』を撮るまで

 

スピルバーグの言葉は映画業界をめざす人間のみならず、多くの人に勇気を与えてくれます。その理由は、彼が決して優等生ではなかったからでしょう。

 

彼が初監督作『激突!』を撮るまでの経緯をふり返ってみます。

 

 

スタジオに忍び込んで、人脈を作る

 

 

スピルバーグ少年は17歳のとき、ユニバーサル・スタジオ内をまわるバスツアーに参加します。

 

彼は大胆な行動を取ります。

 

ツアー中にトイレに隠れてバスが帰るのを待ち、スタジオ内を歩きまわったのです。今でいう不法侵入ですね。

 

 

スピルバーグは、映像保管係のスタッフと顔見知りになります。通行許可証をもらって人脈を広げ、やがて顔パスでスタジオを出入りできるようになります。

 

 

しかし、この時期に挫折も味わっていました。

 

スピルバーグは、映画を学ぶために南カリフォルニア大学(USC)を受験します。USCはアメリカの名門大学で、映画界にも優秀な人材を輩出しています。ジョージ・ルーカスやロバート・ゼメキスもここの出身。

 

 

勉強は落ちこぼれだった?

 

ところがスピルバーグは3度も受験しますが、入学を拒否されます。いわゆるディスレクシア(学習障害)のために、読み書きの能力が人より劣っていたのです。

 

 

小学校の頃はこの学習障害とユダヤ人であることから、いじめに遭っていました。

 

結局、USCの門をたたく夢は叶わず、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校に合格します。スピルバーグは学校が休みになる度、ユニバーサル・スタジオに通いつめます。

 

そして、スタジオ側から空き部屋を提供されるまでになります。その後自主映画が重役に認められて専属契約を結び、テレビ映画として『激突!』を製作することになります。