※この記事は、2020年10月に更新しました。
『金曜ロードショー』の名解説者・水野春郎さんが、メガホンを取って主演もした映画『シベリア超特急』。世間的には“駄作”のらく印を押されていますが、時おり無性に見たくなります。
そんな『シベリア超特急』の不思議な魅力について、語りたいと思います。
『シベリア超特急』あらすじ
第二次大戦中の1941年。独ソ戦が始まる直前。ソビエトから満州へ向かう『シベリア超特急』の車内で、乗客の1人がこつ然と消えてしまいます。
事件の謎に、たまたま列車に乗っていた山下陸軍大将が挑みます。
駄作といわれる理由? 『シベリア超特急』はここが違う!
あなた、誰? 知らない人たちによるオールキャスト
本作が間違いなく参考にした作品が、アルフレッド・ヒッチコック監督の『バルカン超特急』(1938年)です。乗客が行方不明になるというプロット(=話の筋)もそっくり。タイトルはここから文字っているはず。
そして、もう一つが『オリエント殺人急行事件』(1974年)です。
アガサ・クリスティの同名小説の実写化で、イングリッド・バーグマン、ショーン・コネリー、ヴァネッサ・レッドグレイヴなど、各国の名優をそろえたキャスティングが話題となった名作です。
意表をつく真相と、人間の業(ごう)に迫るドラマ性。クリスティの映像作品の中でも、群を抜く素晴らしさです。
『シベリア超特急』にも、多岐に渡る国籍のキャストが出演しています。
しかし、その全てが「あんた、誰?」というレベルの見たこともない外国人ばかり。盛り上がりに欠けます。
ところが、ミステリーとしてはプラスの作用もあります。「この人は大御所だから、犯人だろう」という推理は、成り立ちません。だって、知らない人ばかりなんだもん。
走っているように見えない列車
作中、事件の舞台となるシベリア鉄道は、走行中という設定。にも関わらず、まったく走っているように見えません。止まっています。
「走行中の列車の窓から、隣りの客車に飛び移る」というハラハラドキドキの場面は、役者の演技だけで乗り切っています。風や揺れによる演出はありません。このシーンを見ると、時空がゆがんでいるような感覚になります。
「ボルシチはうまかったぞ」「戦争はいかん」名言の数々
本作のキャストは、李蘭役のかたせ梨乃、青山外交官役の菊池孝則以外は、演技経験に乏しい素人たち。山下大将役の水野春郎や、佐伯大尉役の西田和昭はどう見てもド素人で、演技レベルの差は歴然です。
しかし不思議なもので、棒読みのセリフも段々とクセになってくるもの。
眠ってばかりいる事をからかわれた山下大将が、
「ばか! 起きておる。ちゃんと報告せい!」
と強がるシーンではほっこりし、
「戦争はいかん!」
と(あたりまえの)名ゼリフを発すれば、そのとおり!と激しく同意してしまいます。
しかし、何といっても忘れられないのは、山下大将の第一声。
「ボルシチはうまかったぞ」
は映画史に残る名ゼリフです。
あまりにアンフェア? 二度の大どんでん返し
本作を名作(迷作?)たらしめているのは、終盤のどんでん返しにあります。監督・水野さんの意向を踏まえてネタバレは避けますが、『シックスセンス』級のどんでん返しがある、ということ。それも、2回。
ただ、致命的なのはこのどんでん返しが、フィクションとしてはオキテ破りの展開だということ。見ているほうはあ然とします。
「なんだ、これ?」
しかし、挑戦なくして進歩なし。
このアイディアを煮詰めた上で、脚本をリライトすれば、評価は違ったかも。そう。『シベリア超特急』はただの駄作ではありません。傑作になり損なった駄作なのです(それ、いいすぎ!)。
どんなによくできた映画でも、作り手の熱がなければ心には残りません。『シベリア超特急』には、作り手の熱い思いがあります。 そのいびつな熱量が嬉しい。
世間から、「学芸会レベル」「監督の自己満足」とけなす声があっても、だからどうした?
誰が何と言おうと、私はこの作品が好きです。