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天神講の由来とは?新潟には、お菓子を食べる習慣もある!

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※この記事は約5分で読めます。

新潟県では、2月の25日前後になると学校給食で『天神菓子』と呼ばれるお菓子が出されます。

 

これは、学問の神さま・菅原道真(すがわらのみちざね)を祀る、『天神講(てんじんこう)』という風習からきています。

 

この記事では、風習が誕生した歴史をひもとき、新潟県をはじめ各県で異なる『天神講』についてお知らせしたいと思います。

 

 

 

『天神講』の由来とは?

天神講が生まれた経緯には、長い歴史があります。まずは、菅原道真の生涯からふり返ってみましょう。

1:菅原道真の左遷から、天神信仰が生まれるまで

菅原道真(すがわらのみちざね)は、平安時代の貴族です。おさない頃から学問の才能を発揮して、学者としては最高位の文章博士(もんじょうはかせ)となります。

 

宇多(うだ)天皇から重用されるようになった道真は、政治の中枢で働くようになり、右大臣にまで上りつめます。

 

ところが、道真の朝廷へ権力を集めようとする考え方は、豪族たちの反発を招きます。とくに道真に敵意を持ったのが、藤原氏でした。

 

そして、昌泰(しょうたい)4年(901年)。左大臣・藤原時平(ふじわらのときひら)の陰謀により、道真は太宰府(=いまの福岡県)に左遷されてしまいます。

 

そのあと、道真は都に戻ることなく、太宰府で一生を終えます。

 

道真の死後、各地で天変地異が多発するようになります。人々は、いわれのない罪で左遷された道真の祟り(たたり)ではないか、と考えるようになります。

 

朝廷は京都に北野天満宮を建て、道真の怨霊をしずめようとします。

 

これが、天神信仰の始まりだと言われています。道真を「天神さま」(=雷の神さま)として、畏れ(おそれ)うやまったのです。

 

 

2:畏れられる存在から、祈願の対象へ

やがて平安末期から鎌倉時代になると、道真の霊は怨霊として畏れられることは少なくなってゆきます。

 

むしろ、正直の神、和歌などの芸能の神、あるいは戦での勝利祈願の神などとして、崇め(あがめ)られるようになるのです。

 

 

3:各地に広まる『天神講』、やがて文化祭や展覧会のもとへ

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菅原道真は生前、すぐれた学者であり歌人でした。

 

このことから、江戸時代に入ると、寺子屋では学問の神様として道真をお祀りするようになります。

  

それが寺子の清書をはり出して展覧する習慣となり、明治時代になると、小学校で優等生が学習成果を発表させる行事へと変化してゆきます。

 

現在の展覧会や文化祭の前身、ということになりますね。

 

しかし、この『天神信仰』は、やがて各地で独自の発展を遂げてゆくことになります。

 

 

 

 

新潟県だけのイベント?天神菓子を食べる習慣

新潟県の『天神菓子』

筆者の出身である新潟県では、菅原道真の命日である2月25日前後に、給食で『天神菓子』が出されます。いったい、どんなお菓子なのでしょうか?

 

『天神菓子』とは、菅原道真公を形どった粉菓子のことです。

 

落雁(らくがん=でんぷん質の粉に水あめを混ぜて着色したもの)の中にあんが入ったお菓子で、ピンクや白、黄緑やオレンジ色に着色されています。

 

この他にも、タイや招き猫、エビなどを形どったものもあります。

 

絹のような優しい歯ざわりで、素朴な味がします。

 

天神菓子とは、こんなお菓子!

越後つばめの天神講|新潟のイベント|【公式】新潟県のおすすめ観光・旅行情報!にいがた観光ナビ

 

『天神菓子』の役割

『天神菓子』は、子供たちの健康と学業の成就を願うものとして、現在でも製造されています。受験生がいる家庭でしたら、合格を祈願して食べることもあります。

 

「頭脳明晰だった道真のお菓子を食べると、頭がよくなる」

という考えがあるのでしょう。

 

また、新潟県は雪深い地域でもあります。色鮮やかな天神菓子は、あたたかな春の訪れを喜ぶ行事にぴったりのアイテムといえます。

 

『天神菓子』を食べるという風習は、燕市や三条市を中心とした新潟県近辺に限られるようです。

 

 

各地で異なる『天神講』・・・福井・山梨県にも

2月25日前後に、菅原道真を学問の神さまとしてしのぶ『天神講』は、各地で異なる風習として根付いています。それでは、他の地域では『天神講』にどんなことをしているのでしょうか?

 

福井県の『焼きガレイ』

福井では、床の間に元日から天神様の掛け軸を飾るそうです。そして、25日には焼きガレイをお供えします。

 

お供えしたあと、この焼きガレイを食べます。子どもたちが病気にならないように、あるいは勉強を頑張って成果を出せますように、と願います。

 

山梨県韮崎市では、『お天神講』という奉納行事

 

山梨県の韮崎市では、紙に「奉納天満天神」と筆で書き、それを竹ざおに吊るして天神様のほこらに奉納しにゆくのです。

 

習字が上手になるように、という願いもこめられているのでしょう。

 

お供えが終わったあと、みんなでケーキを食べたりゲームをしたりします。子どもたちにとって、楽しいイベントですね。

 

 

まとめ

『天神講』の風習がいまも色濃く残っているのが、新潟・富山・福井などの県です。

 

菅原道真が流された大宰府(=いまの福岡県)からずっと離れた地域で天神信仰が根付いているのも、何だか不思議な話ですね。