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世界のクロサワは読書の虫だった?黒澤明の名言集

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世界中の映画ファンを虜にした『七人の侍』、スターウォーズの元ネタのなった『隠し砦の三悪人』、マカロニウェスタンの原型となった『用心棒』など。次々と傑作を世に送り出し、“世界のクロサワ”と称された映画監督の黒澤明。

 

本ページでは、黒澤明が映画監督になるまでを簡単に紹介した上で、彼の名言を読み解いてみたいと思います。

 

スティーヴン・スピルバーグ監督の名言は、こちら。

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映画監督になるまで

1910年、東京に生まれた黒澤明。文学青年ではありましたが、悩んだあげく画家になろうと決めます。美術学校(現在の東京芸大)を受験するものの失敗、造形美術研究所に入ります。この頃の黒澤は文学を読みまくり、演劇を見て、音楽を聴きました。

 

1936年、P.C.L.映画製作所の【助監督募集】という新聞広告を見つけ、応募します。1/100の狭き門をくぐり抜け、入社します。山本嘉次郎監督のもとで助監督としてスタートします。山本監督のススメで脚本も書くようになります。

 

1941年に映画用脚本『雪』や『静かなり』を書いて公募に挑戦、入賞して業界から実力を認められるようになります。そして、1943年『姿三四郎』で監督デビュー。映画はいきなりの大ヒットとなります。

 

黒澤明 名言集

人間、クロサワ

くだらん奴がくだらんと言うことはくだらんものではない証拠で、つまらん奴がつまらんと言うことは、大変面白いということだろう。

 

 

悪いところは誰でも見つけられるけれど、いいところを見つけるにはそのための目を磨いておかないといけない。

 

 

人を憎んでいる暇なんてない。わしには、そんな暇はない。

 

↑ ドストエフスキーやトルストイにも通ずるヒューマニズム精神。前者は『白痴』、後者は『生きる』にその影響が見られます。

 

はみ出し者たちを温かなまなざしで描いた、『どですかでん』

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映画監督として


一日に1枚しか書けなくても、一年もかければ、365枚のシナリオが書ける。そう思って一日1枚を目標に、徹夜の仕事の時は仕方がなかったが、眠る時間のある時は寝床に入ってからでも、2~3枚は書いた。

 

 

最初はどんな仕事かもわからないし、できなきゃ面白くないのが当たり前だ。続けていると、ある日突然見えてくるんだ。そうすると、やる気が出てくる。(中略) 繰り返し繰り返しやってりゃ、パッと目の前が開けて面白いと思えるようになる。

 

 

人間は集中して夢中になっているときが一番幸せで楽しいもんだよ。子どもが遊んでいるときの無心な顔は素敵だ。声をかけても聞こえない程、自意識がない状態。あれが、幸せというもんだね。

 

 

私はまだ、映画がよくわかっていない。

 

↑ 1990年、アカデミー賞の特別名誉賞が贈られた際のスピーチの言葉。30本近くの映画を撮って、このセリフ。

 

スピルバーグやマーティン・スコセッシの協力のもと作られた『夢』

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創作の源は、膨大な読書から

創造というのは記憶ですね。自分の経験やいろいろなものを読んで記憶になったものが足がかりとなって、何かが創れるんで、無から創造できるはずがない。

 

↑ 山本周五郎(赤ひげ)、ゴーリキー(どん底)、シェイクスピア(蜘蛛巣城)などの原作を脚色していることからも、幅広い読書が下敷きにあったのは間違いないでしょう。

 

 

世界中のすぐれた小説や戯曲を読むべきだ。それらがなぜ「名作」と呼ばれているのか、考える必要がある。

↑ ひとつの映画を撮り終わると、黒澤は片っ端から小説を読みまくったと言われています。インプットが次のアウトプットに繋がるのですね。

 

 

ものを創る人間にとって完全が目標です。完全に満足のいく作品なんてないから、次の作品こそは完全無欠な作品を、と願うわけです。だから、僕にとって一番の作品はネクスト・ワンなのです。

 

↑ ニュアンスこそ違えど、名だたる映画監督はみな同じようなことを発言しています。クリエイターにとって一番の敵は、「満足すること」なのでしょうか?